So-net無料ブログ作成

都電175号車を見る(3)車内に掲出された広告・路線図 [保存車・廃線跡]

朝一からの人間ドックで寝不足気味。
皆さんのブログへは、明日の午前中にお邪魔させていただく予定です。

さて、昨日に引き続いて、三和テッキ宇都宮事業所の「鉄道広場」に展示された
都電175号の車内の様子。「保存車の車内に掲出された広告類」だけで、記事を
書いてしまう自分は、やっぱり<変態鉄>??

0Y6C6617.JPG

自分が生まれる10年前の東京の空気をそこには少しだけ感じることができた。

なお、昨日に引き続き、見学時に伺った説明を自分の記憶を頼りに書き起こしたもの。
記憶違いなどもあるかも知れませんが、どうか、ご了承を。
……  ……

広告・路線図は、基本的に都交保管の6086号車の内部に貼られていたものを複写、
だいたい同じ位置の広告枠に掲出しているとのこと。
したがって、広告だけは時代考証的に、175号車の廃車当時とはズレがあるが、
それでも昭和40年台の雰囲気を醸し出すには十分と思われた。

0Y6C6489.JPG

中には今でも現役のお店の広告もある。
この「明美」の“都電もなか”は今もあるが、パッケージの車両が時代を感じさせる。

見づらいが市内局番の桁数が少ないことも注目。
東京03地域の市内局番が、3で始まる四桁番号になったのは1991年春のこと。
自分が中学に上がった頃のこと。それまでは「三桁-四桁」の七桁番号だった。

0Y6C6495.JPG

検査表、運賃表、銘板、つり革の「永谷園」広告は、現車のまま
ただし、検査表に関しては原本は車外に展示し、コピーを掲出している。
「昭和41年9月検査」は同車にとって、最後の全般検査出場。

ちなみに、このときに車体塗装が「クリーム色+臙脂帯」から「黄色+赤帯」に
変更された。これは2011年の整備の際に塗膜を剥がすまでわからなかったとのこと。

0Y6C6488.JPG

つり革に残る「永谷園の赤だしみそ汁」広告。このつり革広告、ビスを外して
交換できるタイプとなっており、廃車当時、最後の広告主が永谷園だった模様。
何箇所か広告が欠損している箇所もあった。

昭和43年当時の都電の普通運賃が20円、大雑把に今の貨幣価値の8~10分の1。
広告の最下部に「5袋入り50円」とあるから、インスタント味噌汁が、当時は1杯10円、
今の価値に直せば80~100円程度だろうか。インスタント味噌汁も高級品だったということ!?

0Y6C6676.JPG

説明していただいたH氏によれば、見学に訪れた子どもたちがぶら下がって遊ぶのが
悩みのタネだとか。この時代のビスは全てアタマが「-」タイプ。
劣化が進行していて、分解してメンテナンスするのは困難だとのこと。

0Y6C6491.JPG

座席上の広告スペースに掲出された路線図。すでに路線撤去が進行中のものと思われ、
都営三田線も地図には掲載されていた。6086号のものだそうだが、詳細は不明。

0Y6C6492.JPG

その隣には、路線廃止・バス代替の案内文。
どうやら、27+32系統の王子-赤羽間を廃止して、いまの荒川線の形ができた
そのときのもののよう。こちらも、もちろん6086号車のもの。

0Y6C6490.JPG

この175号、いまの荒川線の、まさにその前身、王子電軌の車輛として製造され
その後、東京市を経て東京都交通局の車輛となった。

災害か何かに関連して、突発的に応援で江戸川橋方面に運転された記録は残っているとか。
でも、現役時代の大半をいまの荒川線で過ごした車両なので、小台周辺の広告というのに
不自然さはない。

0Y6C6515.JPG

運転台背面に掲出された路線図は、27+32系統専用のもの。
美濃部都政の方針変更で、急遽残されることになった、この2系統を統合したのが
現在の都電荒川線。だから、いまでも馴染みのある電停名が並ぶが、
三ノ輪橋の手前、「荒川」とつく電停名が「三河島」という名前であるのと、
何と言っても、「東池袋四丁目」が「日ノ出町二丁目」となっているのが貴重。
(東池袋の旧町名・日ノ出町が「サンシャインシティ」の由来というのは有名な話)
字が小さくなって読み辛いが、元画像では乗換え路線として「トロリーバス」の表記も
読み取れる。

0Y6C6498.JPG

運転台上部に残っていた運賃表(複写)。これはどうやら175号のものらしい。
「早朝割引」とか「都電トロリーバス連絡運賃」とか、時代を感じさせる表記。
そう言えば、なぜか、東京都交通局は最後まで路面電車のワンマン化を実施して
いなかった。他都市と違い、昭和53年の「荒川線」発足まで全て車掌乗務だったはず。

IMG_0075.JPG

そして、客扉横に残された、この表示は、車掌さんへの注意喚起。

……  ……

廃車から半世紀近く、調べてもわからないような部分も出てくる。

IMG_0074.JPG

窓ガラスに1箇所だけ、かろうじて残っているのは、
昭和43年の廃車当時貼られていた円形ステッカー(と思しきもの)。
カラスの口を縛ったイラストは、「車内では静かに!!」という趣旨のマナー啓発か。
他には残っておらず詳細は不明。ちょうどカラスの左下付近に「警視」の文字が
読めるので、都交通局と警視庁の連名の形をとっていた??

イマドキのマナー啓発広告とは、全く趣が違っている。
こういう所にも、時代の流れを感じ取ることができた。

(※)このシリーズ、記事の性格上、<撮影データ>は省略します。
撮影は「Canon EOS 5D Mark III/EF28-300mm f/3.5-5.6L IS USM」または
「Canon PowerShot SX280 HS」で行いました。

あなたの「ポチッ!」こそが、励みになります。あっ、あと、「nice!」も。
にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

nice!(30)  コメント(7)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 30

コメント 7

johncomeback

僕と同年代以上の江戸っ子が見れば、かなり懐かしいのでは?
by johncomeback (2013-06-21 05:46) 

あるまーき

johncomebackさん

コメントありがとうございます。
車内広告だけでも、1960年台末のものと、いまのものでは色々な違いを感じることができました。ここに残っていたのは荒川線沿線(北区から荒川区にかけての区間)のものでしたが、いまでも見かけるものもあれば、全然知らないものまで...、そういう所にも時代の変化を感じます。
自分よりも上の世代の方からすれば、直接経験として懐かしく感じられるのではないでしょうか。
by あるまーき (2013-06-21 12:21) 

oomori

「第一家庭電器」、なんとも懐かしい。
昔、溝ノ口店を利用していました。

by oomori (2013-06-21 12:46) 

あるまーき

oomoriさん

コメントありがとうございます。
懐かしいですね。自分も第一家電の名前だった頃、秋葉原のお店に行ったことがあります。でも、この名称での広告は見たことがありませんでした。路線図横の広告ですが、書体とか「カラーテレビ」とわざわざ書いている所とか、時代を感じさせてくれますね。

by あるまーき (2013-06-21 12:56) 

いっぷく

メシ屋の味噌汁単品が10円の時代でしたから
インスタントで同額というのは高級品に見えるかもしれませんね。
たぶんインスタントみそ汁がまだ一般的でなく
生産もこなれていなかったのではないでしょうか。
by いっぷく (2013-06-21 17:09) 

やぶお

あるまーきさん、こんにちは。
都電の保存車拝見です。
これまたよい情報を教えていただきました。
しかしながら、宇都宮に保存とは恐れ入りました。
平日公開だとなかなか出向けませんが、
頭の中に入れておきたいです。

それにしても大切に保存されていますね。
感動したのは当時の広告までそのまま保存されていることです。
これには一目見て参りました。
このレポートだけでホームページの一コンテンツが仕上がりますね。
貴重な情報をありがとうございました。
あるまーきさんのブログを見た方が見学に殺到されるのではありませんか。


by やぶお (2013-06-21 20:03) 

あるまーき

コメントありがとうございます。

☆ いっぷくさん
そうですね。インスタント味噌汁というのも、いまや、ごく普通の存在ですが、いまから40年以上前のことですから、当時は、まだまだ珍しい存在だったのかも知れません。やはり、物価水準は6~10倍くらい違うことになるのでしょうかね。

☆ やぶおさん
ありがとうございます。広告自体は荒川車庫で保管(イベント時以外は非公開)の6086号車の車内に貼られていたものの複写なので、この175号の廃車から数年が経った頃のもののようです。でも、昭和40年台の雰囲気は十分感じられるかなぁ...と。それにしても、わざわざ都電6086号車の整備を担当した業者にわざわざ整備事業を発注した、所有者の三和テッキさんの判断も「nice!」でした。
by あるまーき (2013-06-21 23:43) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0