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2つの“現役最古の電車”を撮りに(18)和歌山で“平野線” [保存車・廃線跡]

どうやら、大関 稀勢の里の横綱昇進が決まりそうで...
<変態鉄>としてもずっと待っていた。昨夜は珍しくニュース番組を“はしご”
していたのだった。

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【2015年4月29日10時22分】 東京都墨田区・両国国技館(稽古総見一般公開)

今場所、序盤、連勝できていたものの、琴奨菊に敗れたときには、
「いつものようにズルズルいくの!?」と、思ったものだったが、
弟弟子の高安の“援護射撃”もあって。

「上位陣に休場者が多かった」という声もあるが、それでも、
14勝1敗の初優勝は素晴らしかったと思うのである。

う~ん、堪らん。次の大阪場所も目が離せないところ。
と言うわけで、拙ブログは相変わらず、12月20日の撮影記の続き。

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【2016年12月20日16時37分】 和歌山電鐵貴志川線・和歌山駅

往路は大急ぎ。階段を駆け上がって何とか間に合ったので、写真は帰りに
撮ったものだが、和歌山駅のこの階段を駆け上がって...

……  ……

2016年12月20日(火)曇り

和歌山電鐵貴志川線といえば、もともとは南海のローカル線だったが、
諸般の事情で南海が撤退、その事業を継承する形で、岡山で路面電車を運行する
岡山電気軌道、というか、両備グループの「和歌山電鐵」となった。

ちょっとした機会に、その“舞台裏”を伺うことがあったが...
こうした大手私鉄のローカル線については、旅客需要だけでは説明できない
さまざまな要因、鉄道業界全体が抱えるさまざまなことが影響しているという
趣旨の話を聞くことが出来て、「なるほど~」と考えさせられることも多かった。

さて、でも、南海から移管されて...

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【2016年12月20日14時57分】 和歌山電鐵貴志川線・モハ2275号車内

いまや、「貴志川線」と言えば“ネコ”。駅長ネコのタマはしばらく前に亡くなり、
現在は2代目駅長の“ニタマ”が活躍中。そのほかにも従来の車輌を改造して
見事なまでに“観光鉄道”に脱皮をはかり。いまや、海外からの旅行者も数多く
乗車する路線になっていた。写真で見て気になってはいたが、これが初訪問。

その最初に乗車した電車が「タマ電車」だったのもラッキーだったような。

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【2016年12月20日14時53分】 和歌山電鐵貴志川線・モハ2275号車内

12月も20日を過ぎて、車内はクリスマスの...
この中吊り、編成によってそれぞれ違う絵柄のものが用意されていたみたいで。

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【2016年12月20日15時02分】 和歌山電鐵貴志川線・交通センター駅(後追い)

そんな「タマ電車」で終点の貴志まで行くのかと思いきや...

でも、決して、この個性派ローカル線に<乗り鉄>を楽しみに来ただけでは...
そう、それではフツーの<鉄>なのである。<変態野郎>として“タマ”よりも
気になっていたのは...。

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【2016年12月20日15時02分】 和歌山電鐵貴志川線・交通センター駅

昨日の記事にも載せたこの写真。この交通センター駅で下車。
そう、この写真に<変態鉄>の“お目当て”が写っている。

よ~く、見れば...

片面ホームの無人駅、その後ろにあるのは「県立和歌山交通公園」。
その一画に、南海大阪軌道平野線で活躍していたモ205形217号車の姿が。

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【2016年12月20日15時02分】 和歌山県和歌山市西・県立和歌山交通公園

さっそく、駅を出てすぐ隣にある公園に...

園内はフツーの交通公園。子どもたちがカートに乗って交通ルールを学習する
ような、そういった施設である。つまり、未就学児向け。
夕方、そこにカメラバッグを提げて入ってきた38歳児は単なる不審者だが...

カートには目もくれず(笑)、一目散にこの電車の前へ。

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【2016年12月20日15時05分】 和歌山県和歌山市・県立交通公園

南海大阪軌道線モ205形217号車である。
車体は、よく見ると傷んでいる箇所もあるものの、再塗装はされているようで
濃緑色塗りつぶしとなっている。

ちょっと説明が長くなるが...

いまの阪堺電気軌道、この社名は“2代目”なのである。
20世紀の初めに、いまの阪堺線を開業させたのが“初代”阪堺電気軌道、
でも、その「阪堺」は、1915年(大正4年)に南海と合併する。
その後、いまの「ちん電」は長らく、南海大阪軌道線だった。
(これも大雑把な表現。戦時統合で“近鉄”だった時期もあり、「南海」も2代で...)

その初代・阪堺が、南海と合併する直前、1913年に「平野線」を開業させる。
阪堺線・今池電停付近から分岐、飛田を経て、阿倍野の交差点で上町線と交差、
現在の阪神高速松原線と地下鉄谷町線に沿ったルートで平野へと至る
全長5キロ余りの路線だった。

「平野線」は<変態ガキ鉄>が、まだ“ハンカイ”など知るよしも無かった
1980年(昭和55年)、地下鉄谷町線の延伸開業に合わせて廃線となる。
その3日後に、南海電鉄から軌道部門が分社化され、いまの阪堺電気軌道が
発足している。

<速報版>のときは、ちょっとテキトーな表記にしているのだが...

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【2016年12月20日15時0808分】 和歌山県和歌山市西・県立和歌山交通公園

モ161形などと比べると一回り小ぶりな電車はワンマン化改造の対象を外れ、
その関係で、いまも残る阪堺線・上町線がワンマン化後は、平野線の主力車に。
1980年の同線廃止まで活躍した。
(モ205形も、その後、急遽、一部がワンマン化されたが、現在は全廃)

大正時代の木造車を鋼体化する形で1938年(昭和13年)に南海天下茶屋工場で
製造された、全長11メートル級の中型車である。

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【2016年12月20日15時04分】 和歌山県和歌山市西・県立和歌山交通公園

リベットが目立つ車体、運転台まわりは、狭いもののワンマン機器が無い分、
ちょっとゆったりとした印象。

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【2016年12月20日15時09分】 和歌山県和歌山市西・県立和歌山交通公園

何だか、小さな電車には似つかわしくないような立派なマスコンハンドル。
シートや蛍光灯は撤去されているものの、運転台機器は意外ときちんと
残っている。

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【2016年12月20日15時11分】 和歌山県和歌山市西・県立和歌山交通公園

ボテッとした厚塗りの下、車体の傷み、それから屋根布(?)も剥がれかけており、
ちょっと気になる。また、車番も塗りつぶしで...
マニアとしては気になる部分も多いのだが、モ205形を初めて撮ったのだった。

……  ……

と言うわけで、交通センター駅に戻って。

ここまで来たのなら、とりあえず、終点の貴志まで“のりつぶし”。

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【2016年12月20日15時18分】 和歌山電鐵貴志川線・交通センター駅

先にやって来たのは「おも電」編成の和歌山ゆきだったが、コレには乗らず、
ホームのベンチで、次の貴志ゆきを待つのだった。

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【2016年12月20日15時54分】 和歌山電鐵貴志川線・貴志駅

そして、終点の貴志へ。(つづく)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

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コメント 2

あおたけ

ずっと応援されていた稀勢の里の優勝、
そして横綱昇進、よかったですね(^^)
時には小憎たらしいほどの仏頂面ですが、
優勝インタビューでこぼした一筋の涙には
感動しました☆

by あおたけ (2017-01-25 09:00) 

あるまーき

あおたけさん

コメントありがとうございます。
毎場所、期待しながら待っていたものとしては...
14日目に優勝が決まったときも嬉しかったですが、千秋楽の優勝インタビューには感動しました。
あの土俵上の仏頂面も、先代師匠の隆の里の教えだったと言うことで。インタビューで見せる表情とのギャップが良いです。
来場所、優勝争いがどうなるのか、楽しみにしているところです。


by あるまーき (2017-01-25 12:08) 

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