So-net無料ブログ作成
検索選択

灯台モトクラシー(6)田端で... [東京鐵話]

そもそも自分は風邪を引かないタイプの人間だったはずだが、
ちょっと喉が痛くて難儀している。それ以外はどうということも無いのだが。

そんな訳で、ちょっと...。

001_DPP_00000800.JPG
【2017年3月3日13時40分】 千葉県松戸市紙敷付近

さて、引き続き3月3日の話題。

「昭和の杜」の見学を終えて京成線で戻った先は日暮里駅。
ここから、山手線に乗り換えて、田端駅までやって来たのだが...

……  ……

2017年3月3日(金)晴れ

003_DPP_00000786 (2).JPG
【2017年3月3日13時51分】 千葉県松戸市紙敷付近

「昭和の杜展示館」を出て、元来た道を秋山駅に引き返すつもりだったのだが、
この看板の付近で、ふと振り返って見たら...

ちょうど、この写真では右の資材置き場だろうか...、鋼板の壁の影になって
写っていないのだが、そこにはもう1両の静態保存車がポツンと。

002_DPP_00000799.JPG
【2017年3月3日13時39分】 千葉県松戸市紙敷付近

ちょうど小さな川に面した空き地に。
昨年秋、<変態鉄>も訪れた(→ こちら)、千葉都市モノレールの
開業当初から使われてきた1000形電車の1両1012号車である。

本来は懸垂式モノレールだが、さすがに軌道部分は譲渡されず、
H字鋼を積み上げた台座の上に載せられている。

見学用ホームのようなものもあるが、展示館から離れた場所にあるからだろうか
車内公開は行われていないみたいで...

ちなみに、昨日まで2回に分けてご紹介した「昭和の杜展示館」の静態保存車たち、
敷地の関係だろうか、銚電1001(営団2046)も、流鉄2006も中央の客扉付近で
車体を真っ二つに割った上で搬入し、接合したとのこと。
目立たない位置ではあったが、床下にはH字鋼の台座が噛ませてあった。

さて、秋山駅へ。
14:06発の羽田空港ゆき電車で高砂駅...と思いきや、上野方面の乗り継ぎは
1つ先の青砥駅とのこと。

003_IMG_7172.JPG
【2017年3月3日14時17分】 京成本線・青砥駅

ちょっと圧迫感のある高架ホーム、同じホームの向かい側に到着する上野ゆきに
ここで乗り換え。14:24発の京成上野ゆき。「私鉄線」に相応しい沿線風景、
ロングシートに腰掛けて車窓を気にする38歳児(当時)...単なる不審者である。

途中、千住大橋駅で後続のスカイライナーに道を譲って...
到着したのは日暮里駅。

ちょっと寄り道してから、山手線でやって来たのは田端駅だった。

004_IMG_7178.JPG
【2017年3月3日15時12分】 山手線・田端駅

田端駅周辺にも立ち寄りたいスポットがあって。
尤も、その話題は別の機会に譲るつもりだが、場所は「ふれあい橋」を
渡ったところだということで...

005_IMG_7179.JPG
【2017年3月3日15時13分】 東京都北区東田端付近

田端駅のすぐ目の前にある山手線、東北本線、新幹線の線路を一気に跨ぐ
細くて長い歩行者専用の橋だった。
ちょうど、「ふれあい橋」に並行してクルマの通れる大きな橋があって。

その途中で見つけてしまった。<鉄>として立ち止まらずには居られなかった。
片方、手前にある大きな円盤は、決してパラボラアンテナでは無い。

006_IMG_7181.JPG
【2017年3月3日15時13分】 東京都北区東田端付近

正面から撮るとこちら。
そう、国鉄時代に製造された新幹線電車、0系新幹線と「ひかりは北へ」の
キャッチフレーズで東北・上越新幹線の開業時に新製されたのが緑色の200系。
その前頭部、丸いところには非常用の連結器が格納されている。そのカバー。

東海道・山陽新幹線の0系前頭部の連結器は最後まで非常用だったが、
200系は分割民営化後、いわゆる「ミニ新幹線」方式で山形まで奥羽本線を
広軌化、それに合わせて、200系のここの連結器が常用されるようになった。

007_IMG_7182.JPG
【2017年3月3日15時13分】 東京都北区東田端付近

その隣にあるのは、200系新幹線の車輪とのこと。

ちなみに、現在では「ふれあい橋」という名前になって遊歩道のような
歩行者専用橋になっているが、かつてはこの橋に片側1車線の道路、
こちらが旧田端大橋だったとのこと。

……  ……

さて、部品保存の様子をご紹介したのであれば、現役時代の車両の姿も
お見せしないと<鉄>ブログとしての沽券にも関わるわけで...(← 何だそりゃ!?)

2013年引退のこの200系新幹線、富山への往復など<変態鉄>も何度も
乗車することはあったのだが...

写真を探してみると意外と少なく。

008_IMG_0178_1.jpg
【2007年9月30日18時23分】 東北新幹線・東京駅

デジタルではこれくらいしか見つからなかった。
塗色以外は最後までオリジナルのスタイルを貫いた0系とは違って、
200系はJR東日本によって大幅なリニューアル工事が施工されていた。

その際に、JR化後に新製された形式の車体塗色と同じパターンの車体塗色に
変更され、何だか、自分が知っていた200系新幹線とは違った感じになった
ような気がして末期には写欲が湧かなかった。

夜の東京駅で撮ったこの1枚、リニューアル編成の1本が塗色だけ「緑の200系」
に変更されたもの。偶然乗り合わせ、記念にホームでスナップした1枚。

ということで、保存されている前頭部と同じ塗色になっているリニューアル車、
その様子を撮った写真があったはず...とネガアルバムを必死で漁った結果。

009_IMG_20170320_0003.jpg
【2000年7月5日】 上越新幹線・高崎駅(後追い)

何だか急に只見線に乗りたくなって、大学をサボって浦佐駅に向かう途中、
乗車した「とき」号が高崎駅で後続列車を待避。そのとき、下りホーム端で
上り列車の200系を後追いで撮ったシーンである。

写真を見ると、10年以上前の記憶でも急に、鮮明によみがえってくるから
不思議なものである。只見線に完乗してから、鶴ヶ城、白虎隊自刃の地...
会津若松と喜多方の街を歩き、ガイドブックに載っていた店でラーメンを。
2~3日、福島県内に滞在したのは2000年7月のこと。

そういえば、最後の朝、泊まった福島駅近くの旅館を出る時になって、
財布の中におカネがないことに気づいて青ざめたのだった。
そう、予算を使い果たしており。チェックアウトの時間が迫る中、
悟られないよう、「ちょっと買い物してきます...」と外出して...

銀行のATMを探したのも懐かしい思い出。

もう1枚は...

今ではアルコールを一切口にしない<変態鉄>、そういう席も極力避けている。
でも、学生時代は、飲めなくてもバイト仲間とワイワイ大騒ぎ。
翌朝から、「青春18きっぷ」で“出撃”する計画を立てていたのに、
当時のバイト先の社員に誘われて下北沢の居酒屋で夜通し騒ぎまくった。

010_IMG_20170320_0001.jpg
【2000年8月頃】 上越線・ガーラ湯沢駅

翌日、出撃...など無理だったが、とりあえず、行けるところまで。
上越線のローカル列車で越後湯沢駅まで行ってみた。そのついでに...

なぜか、夏なのに、このときは「ガーラ湯沢駅」が営業していて。
町外れにある駅まで上越線の線路沿いを歩いていくという無謀な行動に。
無事、ガーラ湯沢駅に到着。越後湯沢までの1駅、たぶん、編成全体でも
自分ひとりの乗客だったような...、そんな東京ゆきの「たにがわ」号で。

そんな真夏のガーラ湯沢駅で撮った1枚が、最もちゃんと撮れている1枚だろうか。
保存されている前頭部と比べていただきたい。

……  ……

体調が悪いと言いつつ、この記事を書くのに夜までネガを漁っていた<変態鉄>
明日の仕事は果たして大丈夫なのか??

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

あなたの「ポチッ!」こそが、励みになります。あっ、あと、「nice!」も。
にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

nice!(29)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 29

コメント 2

Cedar

田端、懐かしいです。ガキの頃家から歩いて田端大橋の上で、入換のSLの煙にわざと巻かれて遊んでましたね。そのあとは田端尾久の機関区を見て最後は都電のあたりまで行くのが散歩コースでした。
by Cedar (2017-03-21 17:11) 

あるまーき

Cedarさん

コメントありがとうございます。
自分も、かつてのCedarさんと同じように、ここから尾久車両センターの様子を眺めながら、荒川車庫まで歩きました。
残念ながら、尾久には客車の姿はほとんど無く、ギンギラギンの通勤電車ばかりで、足早に荒川線の方に向かってしまいました。
でも、尾久にはまた行ってみたいと思います。

by あるまーき (2017-03-21 23:44) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL: