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美作にキハを追って(6)走らなくても旧客!! <後編> [保存車・廃線跡]

昨日に続いて(← いつもだろっ!!)、マニアックな話題が続いてしまう拙ブログ。
でも、この焦げ茶色の「旧型客車」というのは<変態鉄>にとっては憧れの車両。

今年になって、その“増備車”が落成したらしいのだが。
(SL「やまぐち」に使われる「最新鋭の旧型客車」も35系になったらしい...)

いわゆる、オハ35系と呼ばれる客車は1939年(昭和14年)に製造が始まり、
いったん打ち切られるものの、終戦直後から再び増備を開始、
1950年(昭和25年)までに三等座席車だけで2,000両近くがつくられた
国鉄を代表する客車なのである。

その後期製造分、終戦直後の1947年(昭和22年)に日本車輛で製造された
オハ35 1227号車が1981年(昭和56年)、片上鉄道入り。ホハフ3002号車になった。

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【2017年7月2日12時18分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅(ホハフ3002号車内)

この日、<変態鉄>が特に会いたかった1両なのだが、留置位置の関係で写真は
非常に撮りづらく。

いまも動態で残されている。しばらく前に映画撮影に使われ、国鉄時代の
“ぶどう色2号”、こげ茶色に塗り戻された状態で停まっていた。
……  ……

と言うわけで、その“35系客車”とは...、かなりテキトーな解説を。

それにしても...

「客車が好きだ」と言いつつも、オハ35系のちゃんとした記録写真が無い。
大井川に行けば主力車として活躍中だし、博物館で保存されている個体も
あるはずなのだが、ぬぁんと、それらをちゃんと撮ったことが無かったのである。

う~ん、東京から一番近い保存車(公開)は静岡県富士市内の公園のものか!?
と言うわけで、小金井公園に保存されている、32系客車を。

昭和に入る頃、それまで17メートル級車体だった国鉄の客車、その設計が
20メートル級車体に改まった。最初のグループが「スハ32系」。最初はリベット
だらけのゴツゴツの車体だったが、1932年(昭和7年)頃からは丸屋根化され、
その後の客車の基本となるような形態の車両になった。
(当時は車両番号の付け方が違ったので、“32系”は後の時代の人の呼び方だが...)

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【2012年6月18日14時42分】 東京都小金井市・小金井公園

ただ、木製客車の当時から3等車の側窓は狭窓、32系もそれを受け継いでいた。

1939年(昭和14年)に製造が開始される「オハ35系」はそれを1,000ミリ幅の
広窓に改めた車両。戦前製客車の特徴は、上の写真の両端、客車の妻面にある。

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【2012年6月18日14時38分】 東京都小金井市・小金井公園

公園の保存車だけあって、妻面は幌枠が撤去され、貫通路が溶接で塞がれているので
ノッペリした顔立ちだが、でも、2枚の写真で両端部が丸っこく絞られているのが
見て取れる。35系客車もその設計を受け継いでおり。

昭和10年台、当時の国鉄は戦前の一番華やかな時期を迎えていた。
工場でも技術の進歩、車体の製造にリベット(鋲)ではなく溶接が本格採用され
窓の上下の補強材(ウィンドウヘッダー、ウィンドウシル)を廃したスッキリした
外観にしてみたり...、そんな「完全溶接」の車体が作れるようになった頃、
戦争に突入する。戦災で多くの客車が廃車となり、また使用不能となって...

終戦後すぐ、オハ35系客車の製造が再開される。

でも、資材が入手できなかったり工場が被災していたり、あるいは熟練工が
みな召集されて残っていなかったり、工作の簡素化と資材の入手難のため、
屋根まわりを中心に、戦前とは違った仕様で製造されることになった。

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【2017年7月2日12時22分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅

昨日の記事でもご紹介した連結部分のデッキの様子。手前、茶色い客車の妻部は
丸っこくなっていないのである。

この片上ホハフ3002号車の前身、国鉄オハ35 1227号車は日車本店で
1947年(昭和22年)に製造された。手元の資料で車歴表を調べると、
新製配置は岡山、最終配置は津山。国鉄での廃車は1980年(昭和55年)11月。

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【2017年7月2日12時22分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅

戦後製らしく台車はTR34型だろうか。
昨日のホハフ2004号のものとは大きさも構造もちょっと違う。

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【2017年7月2日12時22分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅

旧型客車のドアは内開きの開き戸。ドアノブを掴んで「よいしょ!!」と押して...
デッキを通って車内へ。

もちろん、床は板張り。天井には蛍光灯ではなく白熱電灯が残っている。

06_DPP_00001442.JPG【2017年7月2日12時19分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅(ホハフ3002号車内)

片上入りに際してトイレ・洗面所の撤去と車掌室の取り付けが実施されているが、
でも、車内はオハ35形そのもの。特にこの車両、近代化工事の施工対象に
ならなかったのか、それとも、当時の幡生工場がテキトーだったのか...

車内はニス塗りのまま残っていたのである。吉ヶ原での保存車に選ばれたのも
それが理由だったとか!?

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【2017年7月2日12時18分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅(ホハフ3002号車内)

再び、トップ写真。よく見ればニス塗りの車内はそのまま残っているが、
車内照明は環形蛍光灯(いわゆるサークライン)に換装されている。

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【2017年7月2日12時19分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅(ホハフ3002号車内)

昨日のホハフ2004号の車内写真と比べると、こちらの方がニス塗りなのでレトロだが
でも、ボックスシートの背ズリ部分はクッションが付いているタイプであり、
背もたれも若干、厚みがあるような。

窓下のテーブルには「センヌキ」が残されており、その“体験用”として
駅舎ヨコで瓶ジュースの販売も行われていた。

それにしても暑い!!

秋に再訪したら、そのときは客車内でゆっくりしたいと思っている。

ちなみに、妻面の貫通路は一切使わないのが片上の“流儀”だったみたい。
貫通路部分は簡易な柵で塞がれていた。

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【2017年7月2日12時19分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅

と言うわけで、となりのホハフ2004号車のデッキから撮った銘板。
片上で小さなテールライトを追設したために、日車の製造銘板は見えづらいが
1955年(昭和30年)に国鉄幡生工場で受けた「更新修繕Ⅰ」の銘板はちゃんと。

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【2017年7月2日14時27分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅

展示運転のキハ702号車が吉ヶ原駅に戻ってくると、ホハフの窓ガラスに、
キハの流線型の“顔”が映るのである。

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【2017年7月2日12時06分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅

今回、旧型客車が走る姿は見ることができなかった。でも、大満足。

さぁ、と言うわけで、明日からは、個性的で何だかほのぼのした感じの
ヘッドマークを掲出して...、キハ702号車の展示運転の話題をご紹介したい。

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【2017年7月2日9時30分】 片上鉄道保存会・吉ヶ原駅

「しらさぎ」「ふるさと」、そして「わかあゆ」。
数百メートルを行ったり来たりするだけだが、でも、いろいろと変化があって。

明日は千葉まで“出撃”ではなく“おでかけ”カメラを持って行くべきか否か。
でも、仕事が...う~ん。(つづく)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

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コメント 2

Cedar

やまぐち号の最新のオハ35の話が気になっていまして・・・・お出かけのご予定は?
by Cedar (2017-07-12 10:11) 

あるまーき

Cedarさん

コメントありがとうございます。
今秋、山口県に行く予定はしているところですが、山口線は...
現在のところ予定は未定です。
by あるまーき (2017-07-12 21:39) 

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