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「初めての夜」(臨時快速「ムーンライト八重垣」02年8月) [アナログ写真保管庫]

初めてだった...、あの夜。
でも、そうだと悟られては沽券に関わる!?
見よう見まねで、でも、そう悟られないように兎に角、もう必死で...

って、何の話題!?

でも、かつて、自分が学生の頃、<撮り鉄>なんて言い方のなかった時代、
鉄道写真の撮影だって。そう、フィルムカメラの時代。帰宅して現像を依頼して
“結果”を知ることができるのは数日から一週間後、シャッターを切っているときは
どんな風に撮れているのかなど、知るよしも無く。

<変態鉄>は<鉄>活動でも写真でも、何かのサークルとか、同好会とか...
そういうのに属したことが無かった。“鉄研”のある大学に通ったこともあったが
でも、そういうのには入ろうと思うこともなく。それが冒頭の一文。

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【2002年8月12日】 山陽本線・岡山駅

鉄道誌を開くと見開き1面、大きな写真。夜の駅ホームで向こう側のホームに停まる
列車の姿をキレイに写し止めた1枚。

「あぁ、こんなのが撮りたい」
そう思いながら、でも、どうやって撮れば良いのか知る機会も訊くチャンスも無く。

三脚があれば撮れるみたい...、そんな、あやふやな知識で“初挑戦”したのは
2002年真夏の深夜、岡山駅だった。

……  ……

2002年8月12日(月)晴れ

90年台後半、<変態鉄>が嵌まっていたのは山陰地方。米子支社管内の列車は
ほとんどが国鉄時代そのままのスタイルを残しており...

<鉄>だけではない。松江の街を歩き、まだ、誰も注目しておらず、
閑散としていた当時の石見銀山を訪れたのも思い出。

でも、山陰本線の列車も徐々に置き換えが進められ...
<変態鉄>が好きだったキハ181系特急型ディーゼル動車、美しい山陰海岸を
バックに撮りたくて、たぶん最後のシーズン、折居-周布の有名ポイントへ。

その帰り。8月11日の晩、
出雲市駅から乗ったのが、大阪ゆき臨時快速「ムーンライト八重垣」。

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【2003年8月9日】 山手貨物線・新宿駅

90年台、夏休み、冬休みなどのピーク時を中心に臨時夜行快速列車が数多く
運転されていた。東京発着では定期列車の「ながら」(東京-大垣)と
「えちご」(新宿-新潟・村上)、後に「信州」(新宿 → 白馬)が加わった。
コチラは、間合い使用や第一線を退いて波動用になった特急型電車が中心。

でも、<鉄>として、より“夜行快速”に相応しいと思っていたのが...

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【2001年3月20日】 鹿児島本線・博多駅

京都・大阪を始発駅として西日本各地に向かっていた「ムーンライト」シリーズ。
12系・14形といった青い客車の先頭に機関車。そう、客車列車として運転された。

京都-博多(一時、熊本まで)は「ムーンライト九州」、
京都-高知は「ムーンライト高知」、JR四国の12系改造グリーン車編成。
そして、最混雑期にはJR西日本+JR四国の混成編成で「ムーンライト松山」、
さらに、時折、登場していたのが京都-広島(または下関)の「ムーンライト山陽」、

そしてそして、大阪-出雲市が「ムーンライト八重垣」だった。

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【2002年8月12日】 東海道本線・大阪駅

ちなみに、“八重垣”というのは島根県松江市にある八重垣神社に由来する。
「やえがき」は国鉄時代にはキハ58系の急行列車の名称だったような...
「ムーンライト山陰」の名で走ったこともあったが、後期には「八重垣」だった。

当時は、東京・関西-九州の寝台列車も健在、青い客車の夜行列車が雁行していた。

でも、当時の<変態鉄>、鉄道写真は乗った列車を記録するのにホームでスナップ
する程度のことが多く、大きなマイクとMDレコーダを手に車内放送を録音するのに
夢中になっていた時代である。



この朝、明石駅を出発して神戸駅に到着する直前、減灯されていた車内灯が灯ると
「おはよう放送」が入った。その様子を、なぜかデッキに出て録音。

直前に、車内放送用オルゴールのゼンマイを思いっきり巻いたのだろうか、
不自然なまでに速いテンポの「ハイケンスのセレナーデ」が流れて、

「ただいまから放送を開始します」、何度も夜行列車に乗った世代の<変態鉄>、
<車内放送マニア>として“おはよう放送”の冒頭で「放送を開始します!!」と
宣言する車掌さんに出会ったのは、後にも先にもこのときだけだった気がする。

デッキらしく連結器のガチャガチャ音が残念だが、そんな“珍放送”が録れた。
尤も、そのガチャガチャ音も快速電車が120 km/hで行き交うJR神戸線を
必死に走り抜ける客車列車...らしいサウンドなのかも知れない。

さて、この臨時快速「ムーンライト八重垣」号。

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出雲市駅を21:00発、米子駅を22時半に発車すると伯備線へ、倉敷駅が1時半、
そして、岡山駅に1:48着、2:44発まで、1時間のバカ停(長時間停車)。
これでも姫路駅が4時半、終点・大阪駅にも6:05着。そう、マジメに走ると
朝早く着き過ぎて使いにくい。夜行列車では、深夜の駅で長時間停車するという
運転パターンは多かった。

ちなみに、客車は宮原(大阪)の14系4両編成、機関車は出雲市-岡山が
後藤(米子)のDD51型ディーゼル機関車、岡山-大阪がEF65型電気機関車。
全線直流電化だが、伯備線は山岳路線だからJR西のEF65型では厳しいのか!?

さて、そんな長時間停車の岡山駅。他の撮影のために三脚を持っていたので、
「バルブ初体験」にチャレンジしたのだった。

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【2002年8月12日】 山陽本線・岡山駅

その「ムーンライト八重垣」が停車しているのは10番のりば。岡山駅の雰囲気は
15年経ったいまも変わらないが、ホームの番号は変更になったのか?!
すでにDD51は解結され、写真の右隅、よ~く見ると半身だけ写っているのがEF65。

この記事を書くのに、改めて写真を見ていて初めて気づいたのは写真の左側。
ちょうどブルートレイン、特急寝台列車が到着していた。しかも...
「ロビーカー」が写っているのである。でも、そんなことに全く気づかず、
14系を撮っていた<変態鉄>、やはり、かなりヘンなのである。

……  ……

「デジカメ世代」の若い<鉄>の方だったら、この画像とヒストグラムを
カメラ背面のモニターで確認して露光条件の設定を見直して...

と、思うのかも知れないが、フィルム時代のこと。この画像を見たのは、たぶん
東京に戻ってから数日後。露出アンダーで真っ暗に写っているか、オーバーで
真っ白になっているか、手ブレしているかフレームアウトしているか...
それも全く知るよしも無いのである。

まさに、不安の中での撮影なのだが、当時はそれが当たり前だったのである。

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【2002年8月12日】 山陽本線・岡山駅

さぁ、いよいよEF65の連結シーン。先頭に機関車が付いてこその客車列車である。
テールライトを片側だけ点灯させているのは構内の入換作業中の表示である。

そして、機関士さんが乗り込んで...

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【2002年8月12日】 山陽本線・岡山駅

ヘッドライトが灯ったのだが...

これが“若気の至り”。いくら“知ったかぶり”でエラそーに「バルブ撮影」なんて
やっていても、いま思えば考えられない“暴挙”に出ていた。
「もしかしたら...」と思って、ストロボを使ってみたのだった。
写真の撮り方としてもちょっと考えられないことだし、そもそも危険な行為、
絶対にやってはならないことなのだが、当時はそんな意識もなく。

そして、27枚撮りのネガ1本を、この岡山駅でのシーンに全て使ってしまった。
それくらい撮っても、いま見直してみれば、ほとんどのコマが手ブレしていて。

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【2002年8月12日】 山陽本線・岡山駅

その中から探し出したのが冒頭の1枚。
必死に頑張った成果は、コレが限界だった。

社会人になって趣味活動の幅も広がって。

「三脚を使うだけでは夜間の長時間露光では手ブレは避けられない」
“レリーズボタン”というのを付けないといけないことを知ったのは
「飛越ゴハチ」を撮るようになってから。

15年前、無謀にも何も知らずに挑んだ「バルブ撮影」、そんな恥ずかしくも
甘酸っぱい(!?)、“初体験の思い出”を語ってみたのだった。

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

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