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京王線でおでかけ(2)京王線完乗の記録(その1) [東京鐵話]

やはり、この時期といえば鰻が食べたいのだが...
ということで、<鉄>として“鰻の食べられる街”への出撃を検討中。
ただ、ちょっと体調が。なぜか咳が止まらなくて、夜も眠れず...コレが辛いのである。
市販の咳止め薬を飲んで、何とか頑張っている次第。

そうそう、鰻といえば...

密かにあたためている企画がある。それが...

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【2014年11月16日13時22分】 富山地鉄本線・西魚津駅

“特急「うなづき10号」で鰻重を食す会”

富山の<鉄>の方は、地鉄特急「うなづき」号を略して「うな※」と呼ぶことが。
つまり、「うなづき10号」なら「うな10」と呼んでいるはず。
(内部の人は列車番号で「UN10」と呼んでいるはずだが...)

ちなみに、「うなづき10号」は宇奈月温泉駅を13:54発の電鉄富山ゆき。
実在の上り特急電車である。

ならば、宇奈月の温泉街で鰻重の出前に応じてくれるお店を見つけたら、
交渉次第で実現可能な企画だろうか!? 一度、地鉄の方に相談してみようか!?

“特急「うな10」で鰻重を食す会(肝吸い付き)”

これをお読みの富山<鉄>の方、企画に賛同していただけたら、ぜひ、ご連絡を(笑)。

冒頭に書くネタがなくて誤魔化したところで、今日の話題。
これまた、ネタ切れによる苦し紛れ企画。京王井の頭線沿線に越してきて23年、
京王電鉄の“完乗”に向けて動き出したのは、24日(月)のこと。


……  ……

“京王”という線名は、もちろん、東京と八王子から一文字ずつとったもの。
中央線よりちょっと南側、新宿から調布、府中を経て京王八王子までを結んでいる。

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【2017年5月1日10時43分】 京王井の頭線・三鷹台-久我山

でも、<変態鉄>が乗っているのは、同じ京王電鉄でも井の頭線。
渋谷から吉祥寺まで12 kmあまりを結ぶ路線。井の頭線と京王線では直通運転は
もちろん、途中の明大前駅で乗り換えできるものの、線路も繋がっておらず、
車輌のやりとりなども少なくともここ数十年間無いのである。

それもそのはず。1998年まで社名も「京王帝都電鉄」だった。
井の頭線が、その「帝都電鉄」の路線。こちらは小田急の系列だった。
戦時統合で、東急も、京急も、小田急も京王もみんないっしょに東急になって。
(趣味的には「大東急」と呼んで区別する)

その大東急から戦後、分離独立するとき経営基盤が弱く存続が危ぶまれた京王が
すでに沿線人口が多かった帝都電鉄の路線を譲り受けて...、ザックリ言えば
そんな構図。

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【2015年2月13日12時58分】 東京都日野市・京王れーるらんど

だから、京王線は珍しい1,372 mm軌間、一方の井の頭線は1,067 mm軌間。
緑色の旧型電車だった時代には台車を取り替えて、井の頭線から京王線に転属した
電車もあったようだが、ここ数十年間は完全に別々になっている。

<変態鉄>の職場の最寄り駅は京王線新宿駅。
だから、明大前から(京王線)新宿まで、ほんのわずかな区間だけは利用するが、
調布や八王子にでかけるような機会は殆ど無く。明大前以西へと乗ったことは
ほとんど無かったのである。(高校時代は下高井戸経由で通学していたけど...)

この6月、横浜市内での用事のついでに相模原線の橋本まで完乗。
以前、「京王れーるらんど」を訪れるのに動物園線の多摩動物公園まで乗った。

でも、京王線の京王八王子、競馬場線の府中競馬正門前には行った記憶は無く。
あと小学生の頃、家族で高尾山にでかけたとき以来、高尾山口(たかおさんぐち)駅も。
だから、この3つの終着駅を訪問してみようと。


2017年7月24日(月)くもり

10時過ぎの井の頭線、背広姿がTシャツ、Gパンに、そしてビジネスバッグが
カメラバッグに変わっただけ。

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1日乗車券(900円:当日のみ)を購入して明大前駅へ。

着いたのは10時20分頃。やはり、“本線”から。最初に京王八王子に向かう
つもりでいたのだが、LED式の発車案内表示を見れば、相模原線・橋本ゆきが
つづいた後に、「特急・高尾山口」ゆき。それならば...

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【2017年7月24日10時20分】 京王電鉄京王線・明大前駅

普段、乗っている新宿ゆきホームは向かい側。
高尾山口ゆきの到着を待つ間、バッグからカメラを取り出して。

やって来たのは緑帯の都交車。最近はダイヤ改正のたびに笹塚から京王新線を
経由して都営新宿線に乗り入れる運用が増加しており、都交車を見かけることも
多くなっている。この朝は新宿線の曙橋駅で架線にアルミ風船が引っかかった
ということで、都営新宿線のダイヤが乱れており...

ちなみに、前面の表示は「区急 新線新宿」だが、そのまま各駅停車として
都営線内に入る列車である。何だが、このあたり、京王の“こだわり”らしく
途中駅で種別が変わる列車というのを極度に嫌う傾向があって。

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【2017年7月24日10時22分】 京王電鉄京王線・明大前駅

それが発車するのを待っていて、すぐ続けて入線してくるのが8000系特急。
<変態鉄>が井の頭線沿線に越してきて、京王線を使うようになった当時、
この車輌が最新型として増備が進められていた。

でも、すでに約25年経って。中間運転台の撤去など大がかりなリニューアルが
進行している。そんなことに時の流れを感じながら...

さて、<変態鉄>は、こちら側のホームに、やって来た8000系10連の
「特急 高尾山口」ゆき(10:26発)に。

朝10時の下り電車とはいえ、車内はほぼ満員。でも、その混雑も調布まで。
高い建物が少なくなり、畑も見え始めて...

でも、府中駅の少し手前で、なぜかちょっと長めの信号待ち。

その影響で...

JR線ホームを見下ろす、終点1つ手前の高尾駅で
「上り電車を先に通します」のアナウンス。ぬぁんと7分間の停車。

そう、新宿から50分、最後の1区間、高尾-高尾山口間だけは単線なのである。
都市部と住宅街が続いた車窓も、最後だけは。トンネルが連続して、にわかに
“山岳路線”に姿を変えた。

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【2017年7月24日11時17分】 京王電鉄高尾線・高尾山口駅 

11:15頃、終点の高尾山口駅に到着。TVのCMなどでよく見るので、「初めて」の
感は全くないのだが。でも、ミ※ュ※ンで星をもらって以来、一大観光地と化した
感のある高尾山、この日も、日本語よりも他の言語の方が目立つくらいに...

前に来た(はず)なのは、まだ昭和だった頃。

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【2017年7月24日11時14分】 京王電鉄高尾線・高尾山口駅

朧気に覚えているような、いないような。
でも、あの頃は間違いなく、こんなオシャレな駅舎ではなかったはずで。

到着が遅れたため、折返しまでの時間はわずか。
とりあえず、改札を通って、駅舎の写真を撮ったら...

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【2017年7月24日11時15分】 京王電鉄高尾線・高尾山口駅

ホームの様子をちょっとだけスナップ。
“山ガール”というのだろうか、山行きの装備をした女性も少なくなく。

さぁ、後続の上り電車、各停・新宿ゆきとなる編成が到着したら、乗ってきた電車は
11:22発の特急電車として折返し。

“京王線らしい”(笑)、狭隘なホーム、単線らしいシーンを撮りたいと...
その結果が...

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【2017年7月24日11時19分】 京王電鉄高尾線・高尾山口駅

う~ん!?

さぁ、折返し。わずかな乗客を乗せて発車した特急電車で3つ目の停車駅が
京王線と合流する北野駅。

2面4線のホームには高尾線と京王八王子ゆき、
優等列車(特急/準特急)と各駅停車が接続するようなダイヤ。

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【2017年7月24日11時32分】 京王電鉄京王線・北野駅

つまり、11時半過ぎ、北野駅に到着していったん階段を下りて下りホームへ行けば
そこへちょうど、各停・京王八王子ゆきが到着。
これが後続の特急・高尾山口ゆきの到着を待ってから発車するわけで。

数分の停車の後、動き出せば先ほど乗ってきた高尾線との分岐を過ぎて、
中央線の線路が地上にチラッと見えれば、京王線も地上に下りて、
さらに地下へ。地下トンネルに入ったところが終着の京王八王子駅。

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【2017年7月24日11時37分】 京王電鉄京王線・京王八王子駅

京王線を日常的に使うようになって四半世紀、ようやく、である。(つづく)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

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コメント 4

とし@黒猫

2410と書かれた緑の車両、いいですねー
こういうのが好きです。
by とし@黒猫 (2017-07-28 10:40) 

あるまーき

とし@黒猫さん

コメントありがとうございます。
2410号車、もう引退してからも半世紀が過ぎているのですが、
1941年製の車輌です。まだ、車体外板が溶接でなくリベットで
とめられていたり、いまの車輌にはない重厚感が堪りません。
たぶん、当時の京王線沿線は、いまよりも「武蔵野」という
感じの緑豊かな風景だったのではないかと思います。


by あるまーき (2017-07-28 20:05) 

伊豆之国

久々の投稿です…。

京王線の2410は、いろいろ調べてみたところ、戦前生まれの小型車両の最後の生き残りのうちの1両で、晩年は「220型」として、5000系と同じ白色に塗装され、昭和44年に引退するまで、4両編成で高幡不動~多摩動物公園間を最後の活躍の場としたのでした。その中の1両が、引退後も大切に保管され、レールランド開業で再び一般公開されることになったのでした。私も幼少時代に多摩動物公園に行ったとき、この形式の車両に乗ったことがあったのは、今もはっきり覚えています。

京王線の中で、唯一私がまだ一度も乗っていないのが、競馬場線。多摩動物公園には子供の頃には何回か行ったのですが、当時休日に新宿から多摩動物公園まで直通急行があったのですが、競馬開催日にはそれが府中競馬正門前行きに変更されたため、子供心に大いに立腹したことがあり、それ以来競馬には憎悪さえ抱いたことがあり、今でもただ乗りつぶしのためだけに乗る用もないのです。「武豊」と言う騎手の名はもちろん知っていますが、「鉄」にはまずJR武豊線のほうを連想します(2年前に南チタ、ではなくて南知多方面に行ったことがありますが、武豊線があまりにも不便なので名鉄利用でした。このとき名鉄の「中京競馬場前」駅でも降りましたが、目的地は反対側にある「桶狭間古戦場」でした)。
by 伊豆之国 (2017-07-28 23:46) 

あるまーき

伊豆の国さん

コメントありがとうございます。お返事が遅れまして、申し訳ありません。

自分は確かこの車輌が多摩動物公園駅前に静態保存されているところをチラッと見た記憶があります。
おっしゃるように、1500V昇圧後に、デハ222号車となって最後は動物園線で活躍したようですね。アイボリーに臙脂帯の頃の同形車の姿をかつて写真で見たことがあります。
最末期の姿で、車体を緑色に塗った姿で「れーるらんど」に保存されています。

多摩動物公園ゆきの直通急行、いまも京王線新宿を朝9時台に設定があるかと思います。仕事のシフトによっては朝、折返し多摩動物公園ゆきになる列車に乗って会社に行くことがあります。
逆に、いまでは下りの競馬場線直通というのは設定されなくなり、特急・準特急の東府中駅臨時停車で対応していますね。
相模原線直通の増発で調布以東の区間でダイヤに余裕がないから...だとか。競馬ダイヤも趣味的には、土休日の夕方に「急行 新線新宿」を表示した臨時列車が走ることと、「急行 飛田給」という珍しい行き先表示でしょうか。
(特に、撮りに行こうとも思いませんが)

愛知県の武豊は...、彼が名誉町民だそうですが...、武豊線がキハ58系で運転されていたときに一度行ったきりになっています。
あの付近、貨物も含めて趣味的にもちょっと面白そうなので、一度行きたいと思いつつ、なかなかその機会が無く。
中京競馬場には名鉄パノラマカーが保存されており、許可を得れば競馬非開催日でも運転台見学ができるそうなので、それだけのために一度(平日に)訪問しようかと画策中です。

なるほど、桶狭間古戦場というのは中京競馬場の近くだったのですね。学生時代から「歴史」が苦手だったもので...、知識としては
「オケハザマ」は知っていましたが、場所までは詳しく存じ上げておりませんでした。
by あるまーき (2017-07-30 10:11) 

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