So-net無料ブログ作成
検索選択

15年前の山陰本線 - キハ181系臨時特急「おき94号」 [アナログ写真保管庫]

引き続き、ネタ切れ警報発令中の拙ブログ。
先日、16年前の夏休み、夜行快速「ムーンライト八重垣」号を深夜の岡山駅で、
“初バルブ”したことをご紹介した(→ こちら)。
調子にのって、それに引き続きご紹介したいのは前々日、2002年8月10日の撮影記。

記憶も記憶も曖昧ながら...

山陰本線の臨時特急「おき93・94号」を撮りに行ったのだった。
当時は、“写真”と言っても廉価版の一眼レフに量販店で買ったネガカラー。
<鉄>といっても駅のホームで、乗ってきた列車を記念に撮るくらいのものだった。

001_IMG_20170809_0003.jpg
【2002年8月10日】 山陰本線・折居-三保三隅

でも、この臨時特急「おき」号、何としても撮りたくて。
島根県浜田市、駅に隣接するビジホに泊まって、この朝、向かったのは
三保三隅駅と折居駅の間にある“超”がつく有名撮影地だった。

……  ……

21世紀を目前にして。当時、大学生だった<変態鉄>が、その鉄道情景にすっかり
魅せられてしまって、足繁く通ったのが山陰本線だった。

特にJR西日本米子支社管内の鳥取県から島根県にかけてのエリア。
キハ58・28系快速、キハ47系ローカルに混ざって、キハ181系特急。
そう、基本的に全列車が国鉄型...などという夢のような区間もあった。

しかも...

007_IMG_1643.JPG
【2008年8月16日11時39分】 山陰本線・長門市駅

国鉄からJRになった頃から、全国各地では国鉄から承継した車輌の塗色を
変更するのが“定番”だった。まさに「雨後の筍」の如く、でも、一貫性がなく
塗色がコロコロ変わったり、ケバケバしい悪趣味なものが多かったり。

そんな中、米子支社だけは「国鉄色」を堅持し続けていた。ワンマン化も遅く
国鉄色の国鉄型、車掌さんが乗務して...。さらに<車内放送マニア>の自分に
とっては、ローカル列車でも車内放送に「アルプスの牧場」のオルゴールを必ず
流すことになっていた、米子車掌区の車掌さんが乗務する列車は...

見るのも乗るのも楽しかったのだった。

しかし、そんな“桃源郷”のようだった、米子管内にも確実に“時代の流れ”は
押し寄せてきたのだった。「山陰本線高速化工事」というのが。

その“メニュー”は線路施設の強化とともに、新型ディーゼル動車の導入
といったところ。
それに伴い、世間が“ミレニアム”に沸いていた頃、島根県内の山陰本線からも
国鉄型キハは姿を消すことになったのである。

4_DPP_3149.JPG
【2016年1月16日13時40分】 山陽本線・瀬戸-上道(後追い)

代わりに山陰特急に幅広く投入されたのはキハ187系ディーゼル動車。
<変態鉄>には、単なる安っぽい金属の塊にしか見えなかった。
(※ 意見には個人差があります)

ただ、検査期限の関係だろうか、米子の車庫、つまり、後藤総合車両所には
国鉄型のキハ181系が残っていた。その車輌を使って小郡-松江間に臨時特急が
設定されたのである。まるで、「おき」号のリバイバル運転のような...

それまで、「乗る」と「録る」だけで「撮る」をほとんどしていなかった<変態鉄>、
「もう、これで最後かも」、そう思うと、行かないわけには行かなかった。
ドがつくほどの定番であっても、折居駅と三保三隅駅の間の道の駅付近で
夏の山陰海岸を入れて...

2002年8月10日(土)くもり

浜田のホテルを出て、キハ126形のローカル列車に乗って撮影地に向かったのは
朧気な記憶が。

002_IMG_20170809_0001.jpg
【2002年8月10日】 山陰本線・折居-三保三隅(?)(撮影地不詳)

でも、こんな写真を撮った記憶は、どこにも残っていない。
たぶん、撮影地に向かう道すがら、列車が来たからカメラを向けたのだろうが...

そして、その憧れの「日本海バック」の撮影地で撮ったのが...

003_IMG_20170809_0002.jpg
【2002年8月10日】 山陰本線・折居-三保三隅

試し撮りの「スーパーおき」号。普段は2両編成だが、夏休みシーズンで
1両増結されている。

それにしても酷い写真である。手前のガードレールをなぜカットしなかったのか、
全くもって意味不明。しかも、後ろ、日本海を入れたのは良いけれど、
水平線がこれほどまで斜めになってしまっているのも...

真っ直ぐ構えたつもりでもカメラが傾いているのが<変態鉄>の悪いクセ。
これは何年経っても治らないのである。

そして...

004_IMG_20170810_0003.jpg
【2002年8月10日】 山陰本線・折居-三保三隅

これがたぶん「おき93号」。朝8時に松江を発ち、山陰本線を西へ。
益田からは山口線に入り、津和野、山口を経て新幹線に接続する小郡へと至る
特急「おき」というのは「隠岐」からの命名。国鉄時代からずっとキハ181系が
使用され、<変態鉄>も何度も乗ったのだった。

でも...

すでに他の国鉄型の姿は無く。

005_IMG_20170809_0004.jpg
【2002年8月10日】 山陰本線・折居-三保三隅

やってくるのはワンマン用の軽量ディーゼル動車のキハ120形と...

006_IMG_20170810_0002.jpg
【2002年8月10日】 山陰本線・折居-三保三隅

快速用のキハ126系。この前の年までは、山陰本線の快速列車と言えば
キハ58+キハ28の2両編成と決まっていた。
「石見ライナー」「とっとりライナー」の絵入りヘッドマークを掲げて走る
姿を見てきたものとしては、撮っていても全く張り合いもなく。

小郡から戻ってくる「94号」は17時の通過だった。その間、約7時間。
ずっと待っていたにしては長いが、よその撮影地に“転戦”した記憶も記録も...
もしかしたら、いったん浜田市内へ食事にでも戻ったのだろうか。

そういえば、無人駅の折居駅のベンチで寝ていたら、K察官に起こされたような...
この当時、島根県西部の海岸沿いには、時折、密航船がやって来て。
山陰に通っていた当時、松江のホテルで見たTVのローカルニュースをなんとなく
覚えている。大きな旅行バッグを提げた“謎の男”が無人駅で寝ていたら...

冷静に考えれば無理もないことなのだが。もちろん、「写真を撮りに...」
事情を話したら、すぐに分かってもらえたが...。

001_IMG_20170809_0003.jpg
【2002年8月10日】 山陰本線・折居-三保三隅

そして、上りキハ181系特急「おき94号」である。
真夏の日本海をバックに...、真っ青な海を思い描いてきたのだが、
実際にはドン曇りの1日だったみたい。

……  ……

このとき、この列車に乗っていた乗客はわずかだったことを撮りながら確認。
もともと臨時列車というのは乗車率が低めになるもの。

しかも、高速化仕様のキハ187系「スーパーおき」号の合間を縫って設定される
国鉄型の臨時特急。米子まで行かずに松江発着(米子-松江間は回送)というのも
米子まで営業運転してしまうと「臨時特急が特急の通過待ち」という“同格待避”
が入ってしまいそうで...それを避けるための設定というのは明らかだった。

となれば...



翌日は「おき94号」に乗ってみることにしたのだった。
予想通り、自由席は自分を含めて2名だけ。もともと、「おき」号は
山口線内の利用が多く、山陰本線に入ってからはお世辞にも利用者が多いとは
言えない状況だった。車内改札のときに車掌さんにお願いして、出雲市駅到着前の
車内放送を録音させてもらったのだった。

……  ……

あの頃、「乗る」だけ、「録る」だけではなく、もうちょっとちゃんと写真を
撮っておくべきだった...、<変態鉄>の<鉄>活動が撮影中心に変わるのは、
これから約5年ほど後のことだった。

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

あなたの「ポチッ!」こそが、励みになります。あっ、あと、「nice!」も。
にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

nice!(27)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 27

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。