So-net無料ブログ作成

秋晴れの東京<鉄>散歩(4)甦る日には... [保存車・廃線跡]

<鉄>といっても、写真を撮るだけでは無く、実はいろいろな“分野”がある。
かなり手広く、アレにもコレにも手を出して...、挙げ句、何もかもが中途半端、
それが<変態鉄>の趣味活動なのである。

その1つが“保存車探訪”、博物館や公園に保存されている車両たちを訪ね歩く...
というもの。

「百聞は一見にしかず」ではないが、本の中の写真でしか見たことの無い車両、
すでに動かない状態になっていたとしても、“実車”を見てみるとやはり印象が。

02_DPP_00000194.JPG
【2016年12月31日9時05分】 大阪府東大阪市・大阪産業大学付近

こういう風に、ちゃんとメンテナンスされて、大事に保存されている車両だと
撮っていて気持ちいいもの、いろいろと細部を観察してみたり...

とはいえ、「車両にとって最高のメンテナンスは走らせること」と仰ったのは、
某鉄道会社のベテラン職員の方。公園などに展示されている車両も、管理していても
すぐに錆びてボロボロになってしまうのである。

せっかくの情報を頼りに、保存車を探しに行っても、ボロボロに朽ち果てた姿を
見て帰ってくるというのは<鉄>にとって、辛いもの以外の何物でも無い。
この日、西新井大師西駅で下車した<変態鉄>、駅前の道を20分ほど西に向かって。


……  ……

2017年10月27日(金)晴れ

西新井大師西駅を出て少しだけ北へ。
「環七北通り」と名付けられた道路は、片側一車線。住宅と町工場、ところどころに
畑が点在した典型的な郊外の風景の中をどんどん歩いて行くわけだが...

とにかく西へ向かえば良いということは調べてきていたものの、ちょっと遠かった。

01_IMG_8000.JPG
【2017年10月27日13時34分】 足立区鹿浜・北鹿浜公園

15分ほど歩いてやって来たのは、北鹿浜公園。少し広い区立の公園であり、
交通公園などが併設されている。

その一画に保存されているのが...

と、そのとき、正直言って「あ~ぁ、ダメだ!!」と思ったのである。

02_IMG_7999.jpg
【2017年10月27日13時34分】 足立区鹿浜・北鹿浜公園

公園に入ってすぐ、目の前に見えてきたのはC50 75号機。
非公式側がすぐ目に飛び込んできたのだが、キャブ回りだけでも荒れ果てた姿。

03_DPP_00002366.JPG
【2017年10月27日13時31分】 足立区鹿浜・北鹿浜公園

柵の向こうに佇んでいる機関車の姿を見れば、窓枠は脱落し、
ナンバープレートは剥がされ、鋼板も錆びて腐食して穴が開いていて...

「嗚呼、こんなことなら来なければ良かったぁ」といった感じ。

でも...

04_DPP_00002369.JPG
【2017年10月27日13時34分】 足立区鹿浜・北鹿浜公園

テンダー側を見て、「もしかして?!」と思ったのである。

いやいや、国鉄の蒸気機関車は、明治時代の鉄道黎明期の輸入車以外すべて黒一色、
赤茶色に塗られている筈がない...ではない。

これ錆止め処理の最中の姿であるのは一目瞭然!!

そう、タイミングが悪かったのである。

05_DPP_00002367.JPG
【2017年10月27日13時32分】 足立区鹿浜・北鹿浜公園

「やっぱり!!」
日本の“鉄道趣味界”というと、線路際でカメラを構える人と模型弄りに励む人、
この二大グループ。でも、最近ではこういうボランティア活動が少しずつ増えており...

公園などで展示され荒廃した車両を、さまざまなレベルで修復するという活動。
さらには、<変態鉄>も何度か訪れたが、岡山県の吉ヶ原に残る片上鉄道など、
保存会の手によって定期的に“動態保存”されているものも。

<変態鉄>としても、某所で、かつてお誘いを受けたこともあるのだが、
東京からだとアクセスだけでも大変なところで。
エラそーに「口は出すが、手は出さない、カネも出さない」を貫いてしまっている。

でも、ここはボランティア団体の活動により、再来年を目途に修復されるということ。
また再来年に再訪するしか無いのである。

「一部の部品を取り外す」というのが、側面のナンバープレートや前照灯ということ
だろうか。ちょっと寂しい姿を撮ることになったわけだが...

……  ……

さて、<鉄>ブログとしては、このC50形についてテキトーに説明しておかないと。

8620とか9600とか、大正時代までの4桁形式の蒸気機関車から動輪数を表す
アルファベット、それと2桁の番号で形式を表す“世代”に移行した
直後に誕生した中型客貨両用機。

2つの丸いドームやランボード回りに、そんな製造時の時代背景が感じられる。

そんなC50形は、8620形の製造が終了する1929年(昭和4年)から4年ほどで
160両余り...、あまり多くなかったのは過渡期的な構造の機関車だったから。

保存されているのは、全国で6両だけとされている。
ということで、かなりレアな機関車であることは間違いないのだが...

0Y6C6964.JPG
【2012年4月9日10時05分】 栃木県小山市・駅東公園

拙ブログの初期に、東北本線・小山駅近くの公園に保存されている個体を
見学した話題を取りあげている(→ こちら)。

(拙ブログでは「過去記事に“nice”+コメント歓迎キャンペーン継続中)

では、この北鹿浜公園のC50 75号機の履歴を。手元の資料で改めてチェックすると...

06_DPP_00002368.JPG
【2017年10月27日13時33分】 足立区鹿浜・北鹿浜公園

1929年(昭和4年)12月に川崎重工業兵庫工場で落成している。
新製配置は豊岡(兵庫県)だったとされ、その後、湊町、奈良、竜華と、
関西本線に関連した3つの機関区の間で、なぜか、非常にめまぐるしく
転属を繰り返し、太平洋戦争開戦直前には亀山に配置、1971年(昭和46年)の廃車まで
亀山で過ごしている。

ちなみに、自分より若い世代の<鉄>の方だと、ピンと来ないかも知れない。
「湊町」は現在の「JR難波」駅の旧名、「竜華」は久宝寺駅の近くで、機関区が
あって、<鉄>にはよく知られた名前。いずれも大阪府内の関西本線沿いである。

07_DPP_00002371.JPG
【2017年10月27日13時35分】 足立区鹿浜・北鹿浜公園

そんなC50形、構内入換以外の定期運用があったのは、
関東地方では両毛線くらいだったと言われている。

C50 75号機が亀山機関区を最後に廃車となったのは、1971年(昭和46年)、
国鉄の「動力近代化」、“無煙化”も最終段階に差し掛かり、各地で廃車となる
蒸気機関車は一杯、あったはずなので、足立区ということであれば常磐線に縁のある
カマなど、もうちょっと選択の余地もあったと思うのだが、なぜ、C50 75号機なのか
そこのところは、ちょっと謎ではある。

08_DPP_00002370.JPG
【2017年10月27日13時35分】 足立区鹿浜・北鹿浜公園

修復作業完了の折には、ぜひ再訪したいと思いつつ、北鹿浜公園を後にしたのだった。

……  ……

あとは環七をとにかく東へ。路線バスも走っており、都営バスの系統もあるようだが...
事前に調べていないと、路線バスというのは、どれに乗って良いのか難しいもの。

日暮里・舎人ライナーの高架をくぐって、さらに東へ。

延々、3 km余り。30分ほど歩いてたどり着いたのは...

09_IMG_8002.JPG
【2017年10月27日14時08分】 足立区西新井付近

こんな立派な参道。平日の午後とはいえ、お土産屋さんなども並んでいて
結構、賑わっているようだった。

その先にあるのが...

10_DPP_00002372.JPG
【2017年10月27日14時07分】 東武鉄道大師線・大師前駅

東京に40年近く住んでいながら“初体験”。

こんな大きく立派な高架駅に発着するのは... (つづく)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

あなたの「ポチッ!」こそが、励みになります。あっ、あと、「nice!」も。
にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

nice!(23)  コメント(0) 

nice! 23

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。