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四半世紀前、北の港町の電車は(後編)(1993・94年函館市電撮影記) ['90sのトラムたち]

土曜の晩、帰宅するときの京王線新宿駅で発車案内表示に「KEIO LINER」の表示を
初めて見たのだった。途中、通過駅のはずの明大前駅でも「通過」ではなく、
ちゃんと「KEIO LINER」。見届けることはできなかったが踏切機の制御などの関係上、
明大前駅ではいったん停車をさせるのだろうか!?

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【2017年10月24日6時50分】 京王電鉄京王線・京王線新宿駅

土曜の晩に見た限り、発車5分前でもかなり指定席には余裕がありそうで。
何だろう、一度、チャンスがあれば乗ってみたいようにも思うのだが、いつになるか...

さて、昨日に引き続いて、いまから25年前の函館市電の撮影記。

高校に入学したばかりの<変態ガキ鉄>、まず考えたのは全国二十数カ所に残った
路面電車をすべて撮ってみること。当時のビンボー高校生にとっては遠大な計画だった。

でも、それを実行してしまったのは、若かったから...かも知れない。

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当時は見かけるものが何もかもが珍しくて。
旅先で入手したものや、乗車券類などを1冊のスクラップブックに纏めていた。

それにしても、なぜ、糊付けしないといけないタイプにしたのだろう??
その中に、1枚の...、いや、1冊の小冊子のような記念乗車券が挟んであった。
……  ……

1993年10月11日(月)晴れ

<変態ガキ鉄>が、このとき一番撮りたかった撮影地がココだった。

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【1993年10月11日】 函館市交通局(当時)・末広町電停付近

港に向かってのびる石畳の坂道は「八幡坂」、向こうには青函連絡船のメモリアルシップ
だっただろうか。

いま、見直してみれば(ネガの保存状態の悪さは別として...)よく撮れているのだが...

当時、高校1年生だった自分。東京に戻って当時の自宅のすぐ近くのパン屋さん...
というか雑貨店のようなところで現像を依頼。3日後に受け取って。
このプリントがちょっと不満だったのである。

ところで、この電車。

よ~く、見てみるとオープンデッキの何とも古めかしい電車。
ぬぁんと、この電車の製造は1910年(明治43年)、成宗電気軌道の電車として。
「成宗電気軌道」とは明治期に開業し、戦時中に廃止となった、いまの千葉県成田市内を
走っていた路面電車である。ただ、古典的なオープンデッキの4輪単車。
8年後には、函館水力発電(→ 北海道電力)に移籍し、函館の路面電車になって。
直後の函館大火では被害を受けなかったが、でも、それが落ち着いた頃に除雪電車、
いわゆる「ササラ電車」に改造される。

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これを函館市の交通事業80周年を記念して、<変態ガキ鉄>が訪れる直前に再度旅客化。
「箱館ハイカラ号」(本当は「号」は旧字体)として、曜日・区間限定で定期運行される
ようになっていた。

その記念乗車券もしっかり買っていたのである。(もちろん!?)
いや、当時の<ガキ鉄>には1セット2,000円というのは、
かなり苦しい出費だったはず。

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中には、この「箱館ハイカラ号」の経歴や、諸元表など資料性の高いガイドブックの
ような形になっており...

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最終ページは磁気カード式の乗車券と紙片の乗車券が。

ちなみに当時の函館市交通局、先進的なシステムを導入しており。電車もバスも
整理券式ワンマンだったのは他都市と同じだが、整理券にはバーコードが印刷されていて
その整理券を運賃箱に入れると必要な支払額が表示される...という仕組み。

整理券番号を車内の運賃表示器で見て小銭を用意する...というのが当たり前だった時代、
ちょっと驚きだったのをハッキリ覚えている。
とはいえ、いまやICカードがフツーのことになって...、時代の流れを感じてしまう。

「ハイカラ号」は磁気カード対応の運賃箱がなかったはずで、そのために紙の乗車券も
付いていたと思われる。こちらにもバーコードが確認できる。

そんな、ハイカラ号。今年も春になったら(きっと)走り出すはず。
いまでもブリル製台車を装備している4輪単車。オトナになった<鉄>として、
これは乗ってみない手は無い...と思っているのである。

……  ……

さて、八幡坂の1枚。


1994年5月31日(火)晴れ

これ、どうしても「リベンジ」したかった。
その機会をつくることができたのは、翌94年5月31日。大学付属の高校だったのだが、
大学の開学記念日の翌日に高校の開校記念日を“移設”する形で、5月末に連休があった。

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【1994年5月31日】 函館本線・函館駅

「上野発の夜行特急」があった時代。583系「はくつる」の普通車指定席で1泊。
青森からは「ローカル客レ」とは言えないまでも、14系快速「海峡」で函館へ。

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【1994年5月31日】 函館市交通局(当時)・末広町電停付近

大急ぎで「八幡坂」へ急行。
何回かチャレンジして、800形でこのショットを撮ったのだった。

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【1994年5月31日】 函館市交通局(当時)・十字街電停付近

前回の訪問時には撮ることができなかった古参500形も稼働しているのをキャッチ。
短時間ながら、充実の“リベンジ”となった。

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【1994年5月31日】 函館本線・函館駅

大急ぎで函館駅に戻って昼前の特急「スーパー北斗」号。
最近はトラブル続きで、イヤな話題ばかりのJR北海道だが、このときは元気があった。
“HEAT281”と名付けられた281系特急型ディーゼル動車。

函館を出ると東室蘭まで無停車というスーパー特急は、函館-札幌間で3時間を切る
という俊足ぶりだった。

あぁ、懐かしい。(おわり)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

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