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灯台モトクラシー(3)不惑を前にロストバージン その2 [東京鐵話]

タイトルからしてソネブロでの先輩<鉄>の、あの御方のパクリだが...
ちなみに、「その1」に該当する記事はこちら

東京で39年間過ごしていても、行動エリアはそれほど広がるわけでは無く。

例えば、何かのお店を探そうと思っても「東京店」というのが都内に1つだけ
というパターンは意外と少なく、例えば、都内の東西に1箇所ずつ、
「新宿店」と「上野店」のような感じで、2箇所以上にあるケースが多く、
そうなれば、もちろん「新宿」で用を済ませることになるので、
都内に住んでいると意外なほど日常の行動範囲は狭くなるもの。

趣味活動以外では、デブ症、もとい「出不精」の自分の場合、都内でも
山手線から東側のエリアは素通りこそすれど、出かけることは滅多に無い。
だから、都内の鉄道でも東武とか京成とか、最も縁が薄い路線なのである。

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【2014年9月1日12時18分】 京急空港線・羽田空港国内線ターミナル駅

<変態鉄>にとって“京成電車”と言えば、羽田空港に行くときに
直通先の京急線で乗ることがある程度。複雑に入り組んだ支線や、
系列会社の路線など、なかなか縁が無いのである。

そんなわけで、金町駅にやって来たのは...

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2,000記事到達を記念して!? 2000と言えば... [自己紹介・思い出話]

何をしても長続きしない性格の自分。
だから、自分自身が一番驚いている訳ですが...

2011年10月28日の開設から1つ1つ重ねてきた、拙ブログの記事数、
とうとう、2,000記事に到達しました。

こんな駄文に日々、お付き合いいただいている皆さまには
改めて感謝を申し上げたいと思います。
そんなわけで、「2,000」と言えば...

かつても、ご紹介したことがありますが...(→ こちら

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【2017年3月3日13時24分】 千葉県松戸市・昭和の杜展示館

<変態鉄>が、まだ、<変態ガキ鉄>だった1980年台、小学生だった頃、
塾通いで毎週乗っていたのが営団地下鉄銀座線。

オレンジ色に塗られた2000形電車に乗れるのが楽しみだった。
当時、既に01系の投入が本格化しており、少しずつ数を減らしていた頃、
駅到着前の“瞬間停電”が楽しめる(?)、この電車に乗るのが楽しみだった。

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【2014年2月9日15時07分】 東京メトロ銀座線・渋谷駅付近

当時、2000形を置き換えていく“憎らしい存在”だった後継の01系が、
新型1000系に世代交代、今月で全車が引退となった。
それだけ、自分も歳をとったということかも知れないが...

と言うわけで、2,000記事を記念して、<変態鉄>にとって、<鉄>になる
キッカケにもなった思い出の営団2000形電車の話題を。

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灯台モトクラシー(2)いまさらながら... [東京鐵話]

今日の話題に入る前に。
最近、ちょっと仕事で疲れている。それぞれの人がそれぞれのポジションで
ベストを尽くしても、それらを合わせると迷走しているような...そんな感じ。
なかなかこちらの意図するところが伝わらないもどかしさと、徒労感。

いろいろあって、拙ブログにログインできるのも、深夜のこの時間帯だけ。
そんな状況だから、趣味活動もなかなか...

でも、だからこそ!?
4月の出撃予定を決定したのである。

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【1999年10月28日】 神岡鉄道・猪谷駅(当時)

以前、訪問記を記事にしたことがあるこの路線。
廃線から10年あまり、車庫で非公開で保存されていたディーゼル動車が
いよいよ始動する。体験乗車の募集も申し込んだ。その結果は...

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灯台モトクラシー(1)まさか、西荻窪で!? [東京鐵話]

<変態鉄>は今年で39歳。その“住所”は、一応、ずっと東京にある。
物心つく頃には...、幼稚園のときから半蔵門の近くで、中学生から高校生に
かけては、まだまだマイナーな地名だった頃の“乃木坂”。
「千代田線の赤坂と表参道の間」とか「青山一丁目駅から歩いて10分くらい」とか
そう説明しないと、なかなかわかってもらえなかった。
それが“秋葉原のライバル”として全国区の知名度になろうとは思わなかった。

その後、94年に井の頭線沿線に超してきた。

さて、東京に住んでいると、なかなか東京中を動き回ることは無い。
買い物だって何をするのだって、新宿、渋谷、吉祥寺で何とかなってしまう。
職場も新宿なので、自分の行動エリアというのは基本的に、井の頭線と中央線、
それから山手線(新宿-渋谷)で囲まれた三角形の内部でほぼ完結してしまう。

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【2017年3月3日15時38分】 東北本線・尾久-赤羽

地図を見ないと、池袋も上野も歩けない。
むしろ、“出撃”する機会の多い、富山市内とか大多喜町内の方が土地勘が
あるのかも知れない。先日、田端に出かけたついでに、<鉄>として、
尾久車両センターにいる列車たちを撮ろうと歩いていて...

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62.大混乱の最終列車 [飛越ゴハチを追った日々]

つい先日、8日なのだが<速報版>は書かなかったものの、午前中、某所に
“出撃”していたのだった。

駅前を歩いていて「危ないっ!!」と思ったものの、カラダは言うことを聞かず、
気づいたときにはアスファルトの道路上に横倒しになっていた<変態鉄>。
背負うタイプ、リュックサックタイプのカメラバッグに切り替えたのが幸いして
EOSくんは無事だったのだが...

その倒れる瞬間、何か小さなものが“ピューッ”と飛び出すのが見えたような...

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あとで点検してみると三脚が...
2段目のロックが折損してなくなっていた。こうなると、三脚として用をなさない。
ロックが効かないので三脚を上向きにしておかないと脚が飛び出して...

ちなみに、この朝、撮影地に向かう電車はダイヤが乱れ、
撮りたかったものは撮れず、その帰り、駅に戻ってきたところでコレである。

<変態鉄>が38歳児として迎えた最後の朝は、まさに踏んだり蹴ったり。

だから、その後、新宿に直行してヨドバシで修理依頼。
でも、三脚自体、修理期間が長くなるらしく、3月中には終わらない可能性が
高いそうで...、う~ん。三脚を買い換えるとなると。嗚呼。

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【2011年3月11日20時45分】 高山本線・富山駅

さて、3話に渡ったこの話題。“飛越ゴハチ”最後の1往復は“夜運用”。
富山駅を19時過ぎに出発、折返し20時半に越中八尾から帰ってくる第893D列車が
正真正銘の“最後の飛越ゴハチ”、それに合わせてお別れイベントも開催
されると告知されていたのだが...

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61.「最後の朝」は千里にて [飛越ゴハチを追った日々]

引き続き、6年前のこの話題。

1961年(昭和36年)、急行型ディーゼル動車の投入が始まる。北海道型のキハ56系、
信越型のキハ57系を含めて、全国で1800両あまりが投入された。
非電化区間の急行列車はもちろんのこと、1両単位で運用できるディーゼル動車の
特徴を活かしてローカル列車にも連結されていたし、交流・直流といった
電源方式の違いに関係なく乗り入れが可能なので、東京・大阪などの大都市から
地方ローカル線の駅までの直通急行の運行にも貢献した。

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【2016年11月6日9時47分】 いすみ鉄道・上総中川-城見ヶ丘(後追い)

そんな、昭和30~40年台の国鉄在来線輸送の最盛期を支えた“名脇役”が、
キハ58系急行型ディーゼル動車、<変態鉄>が一番好きな車両でもある。

その最後の定期運用となったのは、富山市が実施した高山本線増発社会実験での
富山-越中八尾間での運用。その社会実験は2011年3月11日まで。
それは、その日をもって国鉄急行型ディーゼル動車の歴史に、事実上、
終止符が打たれることを意味していた(はず)。

“いてもたってもいられず”
まさに、そんな気持ち。10日の晩、名古屋発の夜行バスで富山入りした
<変態鉄>だったのである。

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60.「最後の朝」を迎えて [飛越ゴハチを追った日々]

1年半ぶりに、この話題。

<変態鉄>が、もうカメラを触るのを辞めようか...、そう思った時期があった。
それは2011年のこと。<鉄>の中でも、国鉄型ディーゼル動車を中心に
撮っていた<変態鉄>だが、比較的まとまった数が残っていたJR西日本管内も
2010年頃には大半が置き換えられてしまい...

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【2011年3月11日20時45分】 高山本線・富山駅

そんな中、“最後の牙城”となったのが、高山本線の富山県内の区間。
公共交通を活かした街づくりを推進する富山市長の方針もあって、
非電化ローカル線の高山本線で、富山-越中八尾間を中心に列車を増発、
臨時駅「婦中鵜坂」駅を設置するなど、高山本線活性化の社会実験が
実施されていた。それに伴い、必要な車両数をまかなうため、
キハ28・58急行型ディーゼル動車2連2本が残され、朝晩の運用に入っていた。

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20170225_筑西ディープ<鉄>(10=最終回) [その他の鉄話]

早くも3月も半分が過ぎようとしている。春休みシーズンを迎えて、
<変態鉄>の業種も忙しい時期がやってくる。大阪での大相撲三月場所も
気になるのだが、何と言っても仕事が...

イライラすることばかり。でも、4月になったら出撃したい!!
その一心で、この辛い時期を乗り切ろうと思っているのである。

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【2017年2月25日16時35分】 真岡鐵道線・真岡駅

さて、それでは2月25日の撮影記の最終回。真岡駅では...

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20170225_筑西ディープ<鉄>(9) [ローカル客レに魅せられて]

「ローカル客レ」、<変態鉄>が本格的に<鉄>活動を開始した90年台後半には
まさに“風前の灯火”だった。

だからこそ...

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【2015年7月19日13時06分】 東北本線・新白岡-白岡

イベント列車とはいえ、こんな列車が走るとなれば、炎天下、6時間ほども
待ち続けたのだった。

そもそも、“客車列車”というのは先頭の機関車が、動力源を持たない客車を
引っ張るという運転形態。「動力集中式」と呼ばれ、世界的に見れば
貨物列車はもちろんのこと、旅客列車でも機関車が先頭に立つという方式は
鉄道黎明期からいまに至るまで、常に“主流”なのだが、日本ではちょっと違い、
電車やディーゼル動車といった「動力分散式」の列車が大半を占める。

その「理由」はいくつかあるのだが、国鉄時代から旅客列車は順次、
「動力分散式」へ移行し、寝台列車の衰退とともに“客車列車”そのものが
絶滅の危機に瀕してるのである。

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【2017年2月25日16時29分】 真岡鐵道線・真岡駅

でも、90年台までは朝晩の輸送力列車を中心に、普通列車でも機関車牽引の
客車列車が珍しくなかった。そのスタイルが意外な形で真岡鐵道に
残っているのである。それが、土休日夕方の第6103列車である。

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20170225_筑西ディープ<鉄>(8) [常総線のキハとその仲間たち[関東鉄道]]

私的な話題で恐縮だが...、といいつつ、ブログなんて個人的な話題を書く場
なので、その一言が余計なのは言うまでもないのだが...

日付変わって今日、8日は<変態鉄>にとっては「38歳児として迎える最後の日」
なのである。つまり、明日、3月9日“サンキューの日”は...

なんと...

<変態鉄>にとって、年に1回の...

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