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冬晴れの芳賀路にSLを撮りに(6)漆黒には紺色を。 [保存車・廃線跡]

有馬記念も終わって、今年ももう残すところあとわずか。
キタサンに期待していたのだが...

月曜から仕事もラストスパートに入っている。
木曜日まで午前出社で21時退社、普段より早くて長い勤務に就いている。

さて、拙ブログ。このシリーズは年越し必至な情勢になっている。
そう、12月11日の真岡線SL撮影記である。

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【2016年12月11日12時01分】 真岡鐵道・真岡駅「キューロク館」

往復のSL列車の撮影がメインと思わせつつ、実はホンネを言えば、
大正生まれの9600形「キューロク」の49671号機の勇姿が見たかった。

わずか半日間の“日帰り出撃”でこれほど書くのだから...
相変わらずなのである。

さて、東武鉄道も加わることになり、各地で運転されるようになったSL列車。
<変態鉄>がSL列車をあまり撮ろうと思わない理由には、その難しさ以上に、
機関車が牽く客車に違和感を感じていることも少なからず。

なんと客車では無くディーゼル動車を牽引する、というパターンまで。
いくら50系客車の改造だからと言っても...、何だか、わざとらしくて。

そんなSL列車、聞けば、若い親子連れの客などから寄せられる苦情には...

……  ……

「フツーの電車と変わらないじゃないか!!」というものまであるらしくて。
何でも、自分が乗っている、その車両で石炭を燃やして煙モクモクと...
そう思って乗りに来たら、煙を吐くのは先頭だけ。そういうクレームである。

まぁ、“蒸気動車”というのは国鉄(当時は鉄道院)でも製造されたから...
それが普及していれば...だが。

 「カマ(機関車)が先頭に立ってハコ(客車)を牽く」

というスタイルの列車を“動力集中式”という。世界的には高速鉄道を含め
これが主体なのだが、日本は、わが国の鉄道は、ある種、ガラパゴス的進化を
遂げて“動力分散式”ばかりになってしまったので、この誤解もわからなく
ないのだが...

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【1994年5月頃】 上越線・水上駅付近

ちなみにJR某社のSL列車では、編成後方の客車にあたってしまった乗客のために
機関車にマイクを仕込んであり、そこで拾った走行音を車内放送を通じて
流すようにしているのだとか。青い12系客車や、真岡の50系客車は、
それ自体は大好きなのだが、でも、その先頭では朱色のディーゼル機関車か、
真っ赤な交流用電気機関車が牽いていて欲しい...

それが、<変態野郎>の“変態的こだわり”なのである。

だから、SL列車には“旧型客車”が必要だというのが<変態鉄>の主張。
この“旧型客車”というのは、ちょっと定義が複雑なのだが、昭和30年代はじめ
までに製造された焦げ茶色〔ぶどう色2号〕の客車の総称。
(後に近代化改造を施工されたグループは紺色〔青15号〕に塗り替え)

 ♪ 動き始めた汽車にひとり飛び乗った...

という歌詞こそ、旧型客車の姿。客扉は引き戸、ドアノブを回して自分で開けて。
走行時にも鎖錠されず、ドアを開け放して走っており、最後部にも扉は無く、
幌を通してデッキが丸見えになっていて。かろうじてチェーンが渡してあり...
80年代までのローカル客レでは、これが当たり前の姿だったという。

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【2015年7月19日13時06分】 東北本線・新白岡-白岡

ちなみに、JR東日本のイベント用に焦げ茶色の客車が使われているが、
あれが「旧客」。ただし、整備の際に客扉には鎖錠装置を追設している。

木の内装、白熱灯が並ぶ天井...(「近代化改造」を施行されたものもあるが)

そんな客車こそ、SL列車に使われていて欲しいのである。

という<変態鉄>のこだわりに応えるためかどうかは別として、
「キューロク館」の館内には、1両の旧型客車が鎮座している。
それが、「スハフ44 25」号車である。

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【2016年12月11日11時42分】 真岡鐵道・真岡駅「キューロク館」

近代化改造を施行されており、外板塗色は青15号。でも、いまや貴重な
旧型客車の生き残り。この「スハフ44形式」というのは戦後の混乱が終わり
ようやく復興へと向かう時期、ちょうどサンフランシスコ講和条約の頃から
戦争で疲弊した国鉄の客車たちの体質改善と、年々増大する旅客需要を
まかなうべく、全国の急行列車用に製造された客車のグループで...

というと、ちょっと...

いまの紹介文は「42系客車」の説明。上の写真で焦げ茶色になって走っている
スハフ42形がドンピシャ、この「スハフ44」は、その北海道バージョン。
床下の蓄電池箱が強化されているほか、車軸発電機か北海道の厳しい冬に
耐えられるように作られている。もちろん、客車内も少し違うのだが...

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【2016年12月11日11時42分】 真岡鐵道・真岡駅「キューロク館」

この「スハフ44 25」号車は1954年(昭和29年)10月20日に日本車輌にて落成。
新製配置は函館、函館本線の名門急行「ニセコ」などで活躍している。
廃車は1987年(昭和62年)2月18日、最終配置もまた函館だった。

つまり、道南方面を中心に運用されていた時期が長かったのだろうか。
廃車後は、都内の「船の科学館」で青函連絡船・羊蹄丸の車両甲板に保存、
ただ、同船の老朽化に伴い解体のため愛媛県に移された。

当時、ネット上で話題になっており、この情報は把握していた<変態鉄>だが
さすがにこの段階で、この旧客も...と思ったのだが、意外にも真岡に陸送。
再整備の上、展示されたのである。

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【2016年12月11日11時42分】 真岡鐵道・真岡駅「キューロク館」

車掌室側から写真が撮りたかったのだが、市の広報用ディスプレイが...
でも、その背後。客扉部分には見学用の階段がもうけられ...

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【2016年12月11日11時43分】 真岡鐵道・真岡駅「キューロク館」

車内には自由に立ち入れることになっている。
内側に開くのが旧型客車の扉の特徴である。Hゴム支持で窓ガラスが大きい
このドアは後天的な改造だろうか?!

天井には白熱灯が確認できる。

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【2016年12月11日11時44分】 真岡鐵道・真岡駅「キューロク館」

客室内には薄茶色の化粧板が貼られ、今も残る国鉄型車両の多くと共通。
昭和40~50年代の標準的スタイルである。新製時には木製ニス塗りの内装
だったはず。典型的な近代化改造車の車内である。

ただ、珍しいのは天井。

2列に並ぶ白熱電灯用のグローブ。旧型客車のいわゆる「近代化改造」の
基本メニューには室内灯の蛍光灯化が含まれていたはず。ただし、
近代化対象外でも蛍光灯化が施工された客車が多く確認される一方、
近代化改造を受けながらも白熱電灯のまま残された個体も確認されているそうで、
このあたり、<変態鉄>としては旧型客車というのは大好きなのだが、
でも、わからないことだらけ。

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【2016年12月11日11時44分】 真岡鐵道・真岡駅「キューロク館」

“頭アテ”の付いた4人ボックスシートは、この系列の客車の特徴。
全国で夜行列車が数多く設定されていた時代の特徴である。
ちなみに、前後の肘掛けの間に金具のようなものが見えるが、
これが「センヌキ」。窓のテーブル下に付く前はこの位置にあった。

瓶入り飲料が普通だったこの時代、木製の窓枠に瓶の蓋、王冠の縁を
引っかけて開けようとする人が多く、窓枠の破損は国鉄の悩みだったとか。

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【2016年12月11日11時43分】 真岡鐵道・真岡駅「キューロク館」

もちろん、使用禁止になっているが洗面所の様子。「湯/水」の押ボタン式の
蛇口も懐かしい感じ。洗面台の脇にあるもう1つの穴は「痰壺」かと。
この時代の列車内にはその設置が法律で義務づけられていたはずで。
自分も本の中でしか知らない世代。

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【2016年12月11日11時41分】 真岡鐵道・真岡駅「キューロク館」

と、1両の旧客だけで記事を書いてしまうほど、<変態鉄>にとっては
大コーフンだったのである。

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【2016年12月11日11時38分】 真岡鐵道・真岡駅「キューロク館」

さて、屋外にも展示車がいろいろと。明日からは、こちらを
まとめてご紹介したい。(つづく)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

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