So-net無料ブログ作成

いすみ鉄道「観光急行」撮影記 20110814(81)8年前の久我原は... [いすみ鉄道 国鉄型キハ]

拙ブログの開設は、2011年10月、早いものでまもなく丸8年の月日が流れようと
している。当初、まさかこんなに長く続くとは思っていなかった。

そして、その2011年といえば、3月に東北での大震災。東京で暮らす<変態鉄>で
あっても、趣味活動どころではない日々だったが...

ちょっとだけ落ち着きを取り戻し...

その“復帰”のキッカケとなったのが、JR大糸線から、ぬぁんと、ぬぁんと...
まさかの転属、いすみ鉄道へとやって来たキハ52 125号車だった。

01_IMG_0806.JPG
【2011年8月14日12時11分】 いすみ鉄道・大多喜駅

晴れた日曜日は、ほぼ必ずといって良いほど大多喜を訪れる...
そんな日々が始まったわけで。移籍時に検査を受けて“国鉄一般気動車色”に
塗り替えられたばかり。でも、まだキハ28 2346号車が来る前。

必ず単行で運転されていた。その頃の写真を見ていると、昨日までの記事で
ご紹介した、久我原-総元の、あの踏切で、同じ撮り方をしているカットを
見つけてしまった。撮った、その本人も“初めての撮り方”と思っていたが、
実は、もう8年も前に、あの撮り方をしていたのである。

……  ……

2011年8月14日(日)晴れ

この年の春、運転を開始したばかりの、いすみ鉄道「昭和の観光急行」キハ52形の
単行運転だった。当時のダイヤは、9時過ぎに臨時普通列車として上総中野まで
1往復、これが大多喜に戻って、そこから、大多喜-大原間を午前と午後に各1往復
15時過ぎに入庫するという運用になっていた。

上総中野駅までの朝方の1往復は「臨時」扱いで、撮る側としては、
鳥塚社長(当時)のブログに運転の予告が出るのをチェックして...だった

02_IMG_0769.JPG
【2011年8月14日9時50分】 いすみ鉄道・久我原-総元

ということで、この日、最初の撮影は久我原駅の先、そう、あのカエルの自販機の
先を入っていったところの水田地帯の踏切ヨコで。

まだ、当時は高速バス「品川-大多喜線」など無く、朝7時半に浜松町BTを出る
京成高速バスで大多喜入りしていた頃。大多喜(オリブ前)で下りずに、次の
「たけゆらの里」バス停まで行けば、久我原橋までは歩いて10分ほどだった。

鉄道誌の撮影地ガイドにも紹介されたこの地点、特に午前中のキハを撮るのに
最高の光線状態、単行キハにピッタリの地点として、カメラの砲列が敷かれるのが
通常だった。<変態鉄>もその中に加わって。

03_IMG_0774.JPG
【2011年8月14日10時14分】 いすみ鉄道・総元-久我原

クルマ派の方はすぐに移動してしまうが、<徒歩鉄>にとっては撮影地を変える
余地は残されておらず。仕方なく、数十メートル進んだだけで、踏切カブリツキ
からのショットで、上りキハを迎え撃った。

04_IMG_0786.JPG
【2011年8月14日10時14分】 いすみ鉄道・総元-久我原

多くの“同業者さん”は「カンなし」(ヘッドマークを付けないこと)を
撮りたいと。「あんなマーク外せ!!」と散々だったが、しょっちゅう訪れる
<変態鉄>としては、社長さんやアテンダントさんの遊び心も入ったヘッドマークの
数々は、毎回の楽しみでもあった。ただし、この日はレギュラーの「そと房」。

05_IMG_0787.JPG
【2011年8月14日10時14分】 いすみ鉄道・総元-久我原(後追い)

そう、先日、“ケツ切れ撃沈”という大失態をやらかした、第四種踏切標識を
入れたこのカットでも、単行キハの後ろ姿をしっかりと捉えていた。

ただし、午前中の運転だったためキハには光が回っていない。

06_IMG_0792.JPG
【2011年8月14日12時02分】 いすみ鉄道・城見ヶ丘-大多喜

臨時普通列車として大多喜駅に戻ったキハ52形は、そのまま大原ゆき急行に。
ボックスシートが指定席、ロングシートが自由席という扱いだった。

戻る列車の時間の都合だったか、「有家」さんあたりでゆっくり昼食をとったから
だったかは定かで無いが、大原駅から戻ってくるキハを撮ったのは大多喜駅至近の
猿稲踏切だった。キハ52 + キハ28 の2両編成では相当窮屈なカットになるココも
キハ52形単行なら、ちょうど良い感じの撮影地だったのである。

07_IMG_0799.JPG
【2011年8月14日12時02分】 いすみ鉄道・大多喜駅付近(後追い)

振り返れば大多喜駅のポイントに差し掛かるキハの後ろ姿。
向かって右側(運転席)の窓、女性のアテンダントさんが放送用マイクを持って、
画像を拡大して確認してみると、「放」のボタンを押しながらマイクの下側にある
オルゴールのゼンマイを捻っているところ。

貫通扉のところに大柄な男性の後ろ姿が見えるが、たぶん社長さん(当時)である。
この当時、特に上総中野ゆきがある日には、後部乗務員室に陣取って、社長さん
自ら「アルプスの牧場」のチャイムを演奏して車内放送をすることも多かった
と記憶している。

01_IMG_0806.JPG
【2011年8月14日12時11分】 いすみ鉄道・大多喜駅

この頃、キハは急行区間だけの運転。正午に大多喜駅に戻ったキハは、いったん
大手門前、検修庫前の留置線に入って整備と休憩に入るダイヤだった。

もちろん、その姿を記録して。

昼食をとったら午後の撮影だった。

08_IMG_0813.JPG
【2011年8月14日14時04分】 いすみ鉄道・上総中川-国吉(後追い)

この日は、あの踏切へ出向いたみたい。
ソーラーパネルが並べられたり、田んぼの一部が舗装されて「撮影者用道路」(笑)
のようにされてしまったり...

思えば“第2五之町踏切”一体も8年間で様変わりした。この当時は、話の通り、
田んぼの中の小さな踏切だったのである。午後の大原ゆきは、その“五之町”は
入れず、隣の“四之町”側の築堤を行く姿を。

やはり、このカットでも社長さん(当時)が乗務員室扉窓から“五之町”で
カメラを構える人たちに手を振っている。

そして、ちょっと移動して定番のこのカット。

09_IMG_0821.JPG
【2011年8月14日14時41分】 いすみ鉄道・国吉-上総中川

当時は300番台の新車への置換えが始まる前。キハ52形の急行列車の他は全列車が
「いすみ200'形」のムーミン列車だった。

そう、富士重のLEカーシリーズも当時は単なる試し撮りだったのである。
(やはり簡易構造の車体のせいか、冷房の効きの悪い車輌だったような...)
画像を拡大して確認すると、この車輌「いすみ206号車」、偶然にも、先日の
訪問時に大多喜駅で撮った1両である。当時はバリバリの現役車だった。

10_IMG_0830.JPG
【2011年8月14日15時10分】 いすみ鉄道・国吉-上総中川

待つこと暫し。

黒い煙を吐きながら、キハ52形がやって来た。
こうしてみると、いすみ200形と国鉄型キハとの車体長の違いがよく分かる。

当時のキハ列車、国吉駅での停車時間を利用してヘッドマークを交換しての撮影会を
行うのが“恒例”だった。だから、国吉駅の前後でヘッドマークが違うことも
珍しくなくて。

37_DPP_00005888.JPG
【2019年7月11日14時24分】 千葉県夷隅郡大多喜町船子付近

たぶん、この日も16時半の浜松町BTゆき鴨川日東高速バスに乗ったはず。
当時はまだ圏央道が開通する前。大多喜街道を進み、上総鶴舞駅から小湊鐵道の
線路を車窓に見つつ牛久の中心街を抜け、久留里線の横田駅の近くまで
いくつもの乗車停留所に停まりながら走っていた頃である。

もう記憶もないが、この日もたぶんアクアラインから首都高の渋滞に巻き込まれ...
8年間にわたって、春夏秋冬、いろいろな場面を撮ってきた、いすみ鉄道キハ。
来春がキハ52 125号車の検査期限である。これから秋・冬にかけてもできるだけ
多く訪れたいと思っている。

……  ……

この記事がアップされて間もなく、<変態鉄>は早朝4時に“始動”する。

そう、1ヶ月ぶり。先月の思い残したところを“リベンジ”すべく、高松へと
向かうのである。もうあと何回、訪れることができるか分からない「ことでんレトロ」
納得できる画を撮ってきたい...と、そう思っている。

ということで、明日からは<速報版>になります。

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

あなたの「ポチッ!」こそが、励みになります。あっ、あと、「nice!」も。
にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

nice!(11)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 11

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。